大判例

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横浜地方裁判所 昭和63年(ヨ)550号

債権者

林俊徳

右訴訟代理人弁護士

宇野峰雪

鵜飼良昭

野村和造

福田護

岡部玲子

債務者

右代表者法務大臣

高辻正巳

右指定代理人

堀内明

中島和美

宮路正子

安藤明

高橋一雄

大西豊

大内隆

山田喜隆

石渡正次郎

福田忠雄

後藤登

主文

一  債務者は債権者に対し金七五万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は四分し、その三を債権者の、その一を債務者の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

一  債権者

1  債務者は債権者に対し金二八八万七六七一円を仮に支払え。

二  債務者

1  本件仮処分申請を却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  一件記録によれば次のことが一応認められる。

1  債権者は昭和五六年八月債務者に雇用され、当初、横須賀米海軍基地施設本部(以下「PWC」という。)に配属されたが、昭和五八年三月横須賀米海軍基地艦船修理廠(以下「SRF」という。)に移り、以後同所に在籍して、SRF企画見積部工事企画課電気工事企画係、生産専門職(五等級)の地位にある。

2  アメリカ合衆国軍隊に提供される従業員の勤務条件は、就業規則上、日本国とアメリカ合衆国の間で締結された基本労務契約(以下「MLC」という。)の勤務条件に関する部分によると定められている。MLCによれば、常用従業員が最小限度の職務上の要求を満たさないため不適格であると認められる場合には、アメリカ合衆国側は、その不十分な点について、その従業員に忠告し、その者の成績を向上させるため援助を与える計画をたて、この計画を実行した後、なおその者が十分に職務を遂行できない場合には、アメリカ合衆国側がその者の能力に相応する職務が得られないと判断したとき、その従業員は解雇されると規定している(MLC一〇章4a、3d)。

3  債権者は昭和六一年一月一四日債務者からMLC一〇章3dの不適格解雇の通知を受けた。

解雇の理由はおおむね次のとおりである。

(一) 過去四年三か月に、債権者の職場、工場およびその他の職場の監督者や従業員によりたびたび受けた忠告、助言および努力にもかかわらず、債権者は最小限度の作業上の必要条件にみあうだけの作業成績を満足に改善出来ず、また債権者に割当てられたいかなる仕事にも債権者の能力も潜在能力も発揮し得なかった。

(二) SRFおよびPWCでの債権者の継続した勤務については、作業能率と同僚の士気に重大な影響を与える。

(三) さらに、債権者の能力、知識および技能に相応する職務は当海軍基地内では皆無である。

4  SRF企画見積部工事企画課電気工事企画係、生産専門職(五等級)の職務に最小限要求されているものとして、

(一) 仕事の完成予定日を原則的に厳守すること

(二) 電気工事に関する概して比較的簡単な仕事または繰り返し行われる定型的な仕事および大型プロジェクトの部分を含む仕事の作業計画を立案し、作業指示書、作業見積り、材料注文に関する書類等の作業業務を遂行する能力

(三) 勤労意欲および勤務専念態度が挙げられる。

二  まず、前記一4(一)について検討する。

一件記録によると、次のことが一応認められる。

1  債権者が電気工事企画係に在籍していた期間における作業遅延率(完成予定期間を超過して完成した作業数を同期間に完成した全作業数で除した割合)は同期間に在職した同係の他の係員の作業遅延率と比較すると高い。

2  債権者と同様の学歴、経歴を有し、債権者の就業時とそうかけ離れていない時期に就業した新人工事企画係員である片山敏孝と作業遅延率を比較してみても、遅延率が高い。

3  債権者の作成作業遅延により作業指示書が期限に間に合わず完成されなかったため艦船からの作業要求書がタイプデスクにより引き揚げられたものがある。

4  しかし、債権者の作業処理状況は左記受理件数、完成件数欄記載のとおりであるから受理件数から完成件数を差引くと未済件数は左記未済件数欄のとおりである(債権者は左記の処理件数と異なる数字を上げるが、債務者の疎明資料に拠った)。

年月 受理件数 完成件数 未済件数

昭和五八年三月 七 六 一

四月 二六 二二 五

五月 三〇 三〇 五

六月 三四 三五 四

七月 一九 一四 九

八月 一七 二四 二

九月 二四 一七 九

一〇月 二一 二四 六

一一月 二〇 一六 一〇

一二月 二五 一七 一八

昭和五九年一月 二〇 三二 六

二月 四六 一七 三五

三月 一一 三四 一二

四月 一〇 二二 〇

昭和六〇年一月 二 一 一

二月 一二 一二 一

三月 二二 二一 二

5  債権者の遅延率は昭和六〇年一月以降相当改善された。

右によると債権者の作業処理は同係の他の係員と比較して、遅延率も高く、迅速であるとはいえないことは一応認められる。しかし、右の作業処理状況からすると、債権者は、十分とはいえないにしても、それ相応に作業を処理、完成していること、昭和五九年一月、三月未済件数を減少させるために相当の努力をしたことも窺われること、また、昭和六〇年一月以降の遅延率は改善されていることが一応認められる。未済件数は昭和五八年九月以降著しく増加したことが一応認められるが、未済件数が一定程度に達すれば未済の処理に追われ、さらに累積的に未済件数が増加し、作業遅延の生ずることはままあることであり、未済件数の増加を債権者の能力や努力不足のみに帰することは、債務者の疎明をもってしても十分とはいえない。したがって、作業遅延率に比重をおいて債権者の能力を判断することはいささか酷である。

三  次に前記一4(二)について検討する。

一件記録によれば、次のことが一応認められる。

1  債権者が電気工事企画係在職中に仕事または訓練として作成した作業指示書等の内容に次のような不備がある事例その他があった。

(一) シップチェック(現場調査)を怠った結果、作業工数が少ない、あるいは、必要な作業工数が漏れている等適正な見積りがなされていない例(昭和五八年五月二〇日タイプデスクへ提出の作業指示書)

(二) 作業指示書に作業の対象機器が特定せず、許可された作業の項に誤った作業対象を表示し、材料注文の必要数量を表示すべきところに別のものを表示した例(昭和五八年六月二〇日タイプデスクへ提出の作業指示書)

(三) 十分なシップチェックをしなかったため作業指示書の工場名および工数が不足していた例(昭和五八年六月二七日タイプデスクへ提出の作業指示書)

(四) 無駄な作業を指示している例(昭和五九年一月一六日タイプデスクへ提出の作業指示書)

(五) 作業指示書の作業要求項目欄に適切なデータを全く記入する事なく、該当欄を抹消してしまい、またSRF設計部図書室に資料があるかどうかを調査せずに同室にない資料を表示し、さらに、シップチェックを怠って必要でない作業を指示してしまった例(訓練作業 昭和六〇年一月二一日提出作業指示書)

(六) 他の係の補佐が必要なのにそれを要しない内容の作業指示したり、艦船の要求限度を超える作業を指示していたり、必要な材料注文を欠いている例(訓練作業 昭和六〇年一月二二日提出作業指示書)

(七) 艦船に搭載されている複数の電動発電機の修理について機器の特定をせず、必要でない工場およびその作業工程時間数を見積りに入れていた例(訓練作業 昭和六〇年一月二九日提出作業指示書)

(八) 作業指示書に修理が必要な電動機についてデータが記入されていない例(昭和六〇年三月四日タイプデスクへ提出の作業指示書)

2  通常作業指示書を書き上げると職場の先輩に目を通して貰い、意見を求め、必要箇所を修正し、さらに上司の点検を受けた上で、正式の作業指示書を上司に提出する体制になっている。

ところで、作業上の過誤は許されないものではあるが、多数の作業を処理する過程において作業上の過誤の生ずることはある程度避けられないことである。問題はその頻度、重要性であるが、債務者の疎明においては右の点が必ずしも明らかではない。また、右に挙げた事例のうち特に(一)ないし(三)の事例は債権者の工事企画係着任当初のものであり、経験不足のためやむを得ない面もあろう。さらに、右(五)ないし(七)は訓練作業に関するものであり、前記のような処理の体制の中で、通常の過誤、不備は上司、先輩の指導、点検で是正されることが期待されるのであるから、訓練作業上の過誤、不備から債権者に作業処理能力がないと判断するのはいささか酷である。

従って、総体として、1の作業上の不備から債権者に前記電気工事企画係生産専門職(五等級)に要求される能力がないとはいえない。

四  前記一4(三)に関し、債務者提出の疎明資料によれば、

1  債権者は席を外す時間が長く、その場合は主に洗面所に行き、長時間(三、四〇分以上)をかけてそこの手洗いで手を洗ったり、頭髪をなでたり、爪を磨いたりしており、なかなか自分の席に戻ってこなかった。

2  席にいても爪を磨いたり、作業要求書等仕事に必要な書類のみならず、仕事に関係のない書類や自分の指を長時間眺めていたり、腕を机の上で組んでボンヤリしているばかりで仕事をしない時間が長かった。係が多忙な時でも残業を断ることがあり、病欠が目立った。

3  仕事上疑問や不明な点があっても上司や同僚に質問することも少なく、また仕事が遅れて完成期限に間に合いそうにないことが分かっても、これを上司に報告することもしなかった。

などの記載があるが、債権者の陳述書、前記の作業処理状況と対比すると債務者の疎明資料を全面的に措信し難く、右の記載には誇張、不正確な点があるのではないかと疑われる。前記二記載の作業処理件数からも債権者に職務に対する意欲が一応あることが窺われる。

五  右二ないし四によれば債権者にはSRF企画見積部工事企画課電気工事企画係、生産専門職(五等級)の職務に最小限要求されている能力を一応有していると認められる。

また、一件記録によれば債権者は昭和五九年五月から同年一〇年までX―五一において艦船修理に伴う電気部門の修理、改造、改装工事を行う外業作業に従事し、同年一一月から一二月までX―九九において主として陸電を艦船側に結合する作業に従事したこと、同六〇年四月から設計部ウォーターフロント課において艦船の修理工事中設計変更の決定処理の業務に従事したことが一応認められる。しかし、これらの部署における業務は前記電気工事企画係生産専門職(五等級)本来の業務ではないから、本来の業務能力の判定に際してはこれらの部署における勤務態度や業績は大きな比重をもつとはいえないし、債務者の提出した疎明からも前記認定を覆すに足りる事実を認めることはできない。

また、一件記録によれば債権者は当初PWC技術部電気課にエンジニアリング専門職(電気)(六等級)として採用されたことが認められるが、右の職種は前記電気工事企画係生産専門職(五等級)と等級、職種とも異なるから、PWCでの勤務成績、執務態度は前記部署における勤務成績等以上に本来業務能力の判定に占める比重は少ないし、債務者の提出した疎明からも前記認定を覆すに足りる事実を認めることはできない。

したがって、本件解雇は無効であると解するのが相当である。

六  一件記録によれば、次のことが一応認められる。

1  債権者に支給されるべき

昭和六一年三月の年度末手当は金一一万一七二五円

昭和六一年六月の夏期手当は金四二万四五五五円

昭和六一年一二月の年末手当は金五七万九八八〇円

昭和六二年三月の年度末手当は金一一万八四八三円

昭和六二年六月の夏期手当は金四五万〇二三五円

昭和六二年一二月の年末手当は金六一万三六七〇円

昭和六三年三月の年度末手当は金一二万二七三四円

昭和六三年六月の夏期手当は金四六万六三八九円

合計 金二八八万七六七一円を下回ることはない。

2  債権者は昭和六二年一月五日付賃金仮払仮処分決定により、昭和六一年一月五日以降毎月一〇日限り一か月金二三万三七〇六円の割合による金員の仮払いを受けていること、債権者は妻と二人で生活しているが、債権者の一か月の生活費は約金三〇万円を要し、仮処分による仮払賃金では月々の生活費を賄うに足りず、蓄えもなく、借入も限度にきていること、赤字補填のため、父の形見の時計を質入れし、それを受け戻すには金七五万円の返済を要すること。

ところで、本件請求にかかる各手当は家計を補完するに重要な財源であることは否定し難いところではあるが、本件の申立ては昭和六三年五月三〇日になされたことは記録上明らかであり、本件請求にかかる各手当は相当時間の経過した過去分の請求も含まれている。債権者の努力があったにせよ、本件仮処分に至るまで一応生活を営むことができたことは仮処分の必要性の判断に際して考慮せざるを得ない。そして、その他諸般の事情を考慮すると金七五万円の限度で仮払いの必要性を認めることができるが、その余についてはこれを認めることはできない。

七  よって、本件申請は主文第一項掲記の限度で理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は保全の必要性について疎明がなく、かつ、事案に照し、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 青山邦夫)

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